日々の心模様
移りゆく心の模様を書き留めるぺえじ。 人の心は混じり合って複雑に。 ――いつかあなたも交わるでしょう――
一月三回目の更新です
今アンギレスと言う地名で所はバリバゴの裏道りに約6ヶ月在住し色いろな市場調査を終え次の新地へ行こうとしている。
市場調査と言うのは、自分の仕事を何に絞って展開するかを決める為のもので、少しでも可能性のあること全てを網羅し情報を集めているのです。
この地の調査の感想としては、フィリピンと言う国は、良くも悪くも、ほとほと女性の力で成り立っている国だなー!ということです。
売り物としての女、売る側の女、国の宝は女、この国の主は女、女性主導の家庭、女
が働き、稼ぎ、国を引っ張る、女性がこの国のライフスタイルを形成する。
この国の女性パワーたるやすさまじい物があり、また私としては頭の下がる思いがします。
一件矛盾があるように思えるが、この国の現実であり、有り様である。
フィリピン、ルソン島の第二の都市と言われるアンギレス、やはり米軍主体に発展した経緯がありその影響は否めない。
バリバゴと言われる地域は米軍兵士の遊び場として発展した区域で今でもゴーゴバーを中心にして観光産業を発展させている。
今いろんな国の人々により投資がなされているが、特に韓国人の投資と進出が目覚ましい。
韓国人投資家は、フレンドシップと言う地域におもに投資を行ない、韓国街に変貌させつつある。
ホテル、レストラン、バー、スパサウナ、家具、調度品、雑貨、等々道路を挟み両側に色いろな展開を見せている。
この地の商売の主役はどうも外国人オーナーが握っていて、ゴーゴーバー等にしても何名かのオーナーシツプで運営し、1店に4人のオーナーと言うのも珍しくない。
このオーナーシツプに名を連ねる日本人も、数人あることも解かった。
何故このような形態になったかに就いても、調査したがこのゴーゴーバーと言う売春女性をバーファインという形態で斡旋する、と言う商売の特殊性にあるのだと言う事もわかつて来た。
ようは、リスク分散であり、名義上の社長はフィリピン人であり、お金を出すのはオーナシップの外国人であり、時々行われる警察の取り締まりにより店が閉鎖される時の用心と1人に責任が特定されず、身体が拘束された時に、担当者に賄賂を渡したり警察にコネクションを作り、様な手段で対抗し生き延びる為に、リスクを分散しておくと言うのがこの趣旨のようだ。
オーナーとして多いのはやはり米国人であるが、ついでスェーデン人が多いのに驚かされる。
ここバリバゴでは、ホテル、バー、レストラン等、外国人オーナーにより運営されている店が多い。
私が市場調査を始めてからもホテルが何件かオープンした。
値段も段々高騰し始め、新しいホテルだと最低値段がUSドルで60ドルから100ドルなんて所も出てきた、しかし中級ホテルではだいたいペソでいけば1500ペソ位が平均であろう。
ここバリバゴの、地区界隈を見る限りでは、現状大いに発展しつつあると言えるだろう。
客層も千差万別アジア系、ヨーロッパ系、アメリカ、カナダ、南アメリカ、アフリカ、イギリス、ドイツ、ドバイ、トルコ、アラビア圏からもやつて来る。(夜の街で知りあった友人の国籍である)
もちろん日本、韓国、中国は、言うに及ばずと言う所であろう。
夜のお遊びとしてのバーホッピングをするならもう完全にマニラを抜いている。
バリバゴのメインストリィートには約60件のゴーゴバーが連なりその周辺やフレンドシップあたりまでのクラブを含めると、200件以上の社交女性を置いたクラブ、カラオケ、ゴーゴバーがひしめき合い、そこに働く女性の数と言えば軽く8000人以上と言われる(数えたわけではない)。
店のレベル的には(アイデアや内装設備)に関して言えばマニラに少し劣ると言わざるおえないが店の数や、ダンサーの数は一軒あたり圧倒的に勝っている。
それにこの界隈には多くツーリストポリスも配置されており、夜の安全も確保されていて、夜遅く1人で歩いても治安的には心配しないで良いと思われる。
ガバメントサイドも観光客の安全を意識し、かなりの気の使いようである。
何故なら一夜にして観光客の落とすお金は、相当額にのぼり、これらの収入は回りまわって彼らの懐を潤しフィリピンの一般的な商売の何倍にも達し、市の関係者及び税収入は、比較にならないであろう事は予測できるし収入源として、軍や飛行場に頼らず、一大歓楽産業を形成して行きそうな形相を呈している。
しかしその他の商業形態は、女偏を除くと大変お粗末としか言いようが無い。
ネポと言われる地元商店街は、中国やらタイランドからの安物衣料で構成され、コピー物や壊れかけのおもちゃを大量に売っている。
方や地元市場と言われる、食料を扱うパブリックマーケットは、不衛生で、ハエとごみの中にあるようだ。
モールの中では、携帯電話や機器も売ってはいるがその場限りでメンテナンスと言う意識が無く、壊れたら知らん振りである。
また、露店では、大量の粗悪くCD(コピー映画)が売られ1枚50ペソからの値段で地元人の人気商品でもある。
最近クラーク基地の側にSMモールが出来、地元の人や観光客に好評をえてはいるが、売れて儲かると言うにはいまいちのようだ。
飲食店はその中でも客が入り元気が有るが、やはり外国人ご用達と言う所でしょう。
何故なら国民所得が少なく地域の人たちの購買力がまだまだ低い事による現象で、収入に観あつた発展となるでしょう。
この6ヶ月色いろ見聞きした調査の結果、面白いデータも沢山残った。
ここはそろそろお終いにして、次なる目的地スービック、オロンガポのリゾート地、海辺の町に行こうと思う。

ハッピーバスデイtoミー

今日は私の誕生日いろんな事があった56回目の誕生日です。
いいことも悪いことも含めて重ねた年月です。
今ここフィリピンに居てつくづく紆余曲折の人生を、噛締めています。
新たな決意を持ってやって来たフィリピンなのに、今わ後悔が先行しています。
何が原因かと考えれば、あまりに人として、いや、人間の違い文化の違いを立て軸に、心のありようと生き方そして考え方の違い、いや根本的に人間の出来方の違いにとまどっています。
今まで批判や矛盾を色いろ書いてきたが結局自己矛盾に陥っただけのことに思えてなりません。
我々の年代はこれから第2の人生を迎えようとしています。
早めにリタイヤをし海外で生活をしょうと考える人も多いかもしれませんが、それは並大抵の苦労とは根本的に違う苦労を背負い込むことになるという事を知らねばなりません。
生活費が安いとか、ホスピタリティがあるとか、人件費が安いとか、安易な誘いに乗ってやって来たりする人が多いが、海外に定住することのストレスたるや会社や職場の人間関係どころの騒ぎではないと言うことをもっと良く知らなければなりません。
ましてや若き現地妻を娶ることになれば、貴方の人格は180度転換を迫られる羽目になります。
いろんな事を見たり経験したりしている私であるが、年を重ねるごとに日本人の日本人たる個性が現れてきて、この国の人たちとの違いが明確になる。
それ故にもがき苦しむような人間の相違点や国の有り様や法の運用の違いに驚かされる。
持つ者と持たざる者との間にはものすごく深い溝があり、無い物は有る者から奪い取る事が許されると解釈する人たちから身を守る事が最大の重要課題になると言う事を知らされるであろう。
これからの人生をフィリピンで暮らそうなどと考えている人に先輩として重ねて警鐘を鳴らす。
我が誕生日にこの先どう生きようかと悩んでいる自分が恥ずかしい。
この地で生き抜くことの難しさを改めて感じている。
心を強くし、目標を持ちつづけることの難しさ、この国のお客さんであり続けることの難しさ、酒池肉林を断つことの難しさ、等々。
今一度己の生き方を反省し、今日生まれ変わった再出発の日と成そう。
2007年1月14日の誕生日を迎えて!




























HAPPY NEW YEAR!
2007年 皆様 明けましておめでとうございます。
今年初めてここフィリピンでクリスマスと新年を迎えます。
フィリピンと関係を持って、はや17年も過ぎていて初めての経験でした。
町の騒々しさも、クリスマスの中身の無さも、新年のうるさいだけの花火イベントもある意味で新鮮でした。
しかしこの国のいい加減さや危機管理の無さ、ルールも何も無いなんでもありの無法国家と言われる由縁の一つ新年の花火。
その為にニュースでは、色いろ危険な花火による被害(火事や怪我)や、ボオガといわれる大きな筒状のバズーカ砲を思わせる大音響を出すおもちゃ、により多数の怪我人が出ている。
聞くところによれば花火も火薬量のはっきりした基準が無くより大きな音量を求める為危険なものとなっているのだとか!
そしてボオガといわれる物の大音響の正体はシンナー、それを火薬の代わり(安価)な為に筒状の棒の中に揮発させそれを火花で点火して大きな音を立てるのです。
とても日本では許可されないような代物で、小学生位の子供から大人まで暇そうな男供は日長バーンバーンと道行く人を大音響でびっくりさせて喜んでいます。
それにしてもシンナーなどと言う危険物を小さな子供にまで簡単に持たせて遊ばせている神経が理解できない。
国が違う常識が違うと言えど毎年それらの被害(火事や怪我)を出しているとの事で年が明けたらテレビでは怪我をした子供が何人、火事の被害が何件と、大々的に報道している。
私が見た範囲では手や体に傷を尾つた子供や見物人で900人以上又新年の花火やバンバンの音を立てるのにピストルを発射しその弾により何も関係ない第三者に死亡者が出たり、妊婦のお腹に被弾し8ヶ月の赤ちゃんが死亡すると言う被害が出るなど痛ましい報道がテレビでされている。
毎年繰りかえされる新年の風物詩だとフィリピン人は覚めた目で見ている。
どうしてそうも学習効果が無い?どうして毎年の悪い風習を改善しない?どうして花火の危険な火薬量を見逃さないように取り締まらない。
形だけの取り締まりは帰って危険を増す、私は見た危険なロケット花火を自ら点火している警察官を!
こうして新しい年を迎えたフィリピンはますます混迷を深めていくのでしょう。
新しい年に私は思う。
一人ひとりの命は、先進国の人間も途上国の人間の命にも変わりが無いはずなのに、この国の人々に対する身体や生命に対して体制側の人命軽視の国策をを憂う。
この違いは一体何処から生まれるのか?
出来得れば、この国の子供に安全な環境を少しでも提供していかれる社会に、今年はなりますようにと願う!