日々の心模様
移りゆく心の模様を書き留めるぺえじ。 人の心は混じり合って複雑に。 ――いつかあなたも交わるでしょう――
学科のスタート

今日は始めての学科の授業パワーオブプラントつまり飛行機のエンジンについてである。
闘志と意気込みを持ってやって来たのは良かったが、周りは外人と、フィリピン人ばかりで、あいさっも英語。
少し腰が引けたが、此処は異国の土地フィリピン!!!しょうがないと諦め、私も強気に出て私もグットモーニングと余裕のありそうな態度で、返す。
内心は、びくびくなるべく声お掛けられないように端っこに腰掛けて授業開始を待つ。
やって来たのは、前回お世話になったキャプテン、ジョセフである。
年のころなら30歳前半で体格は私に劣らず下腹が出て小太りなのだが、顔は目鼻立ちがはっきりとしたハンサムでエリートを感じる態度と声の持ち主である。
これも後で聞いた話だがオーストラリアで飛行の研修を積んだベテラン組みで、頭の良い秀才であるそうだ。
グットモーニングの挨拶に続き、新しいクラスメイトとしてミスターSさんと紹介され、笑顔でハローマイネームIS0000、ナイスTOミチュユウとつたない英語で挨拶をし他の2人と握手をする。
もう生きた心地もしない、心配と不安でいっぱい。
これからの授業が、解かるものかどうかとても不安であるが、ともかく学科の授業が始まり、エンジンの構造についてである。
飛行機の、構造、翼の位置、プロペラ、胴体、尾翼説明は順調に進むが英語なので今一良く解からない。
ただエンジン部分は車の免許をとるときの説明に似ているが、セスナのエンジンは車のエンジンと言うよりオートバイのエンジン部分に似ているとの感想を持った。
空冷エンジンの4気筒が少し間隔をあけて水平に並んでいるようなスタイルでこの程度のパワーでだいじょぶかな?
なんて素人ながら考えさせられるエンジンであった。
でも現実に飛んでいる、これからお世話になるエンジンさんです、でも気になることも聞いた、それは、ここのセスナはずいぶん年代ものである?
というのでどれぐらい前に作られたセスナですか?と聞いたら、一番新しい物でも15年くらい
現役で飛んでいるのだそうです!!。
しっかりとした整備をすれば、どんなに古い飛行機も飛びます、あたり前か、と意味不明な考えまで飛び出す。
今は授業中と自分を戒め、黒板とインストラクターを見つめるのだが、理解の出来ない英語が子守歌のように聞こえ眠気が襲ってくる。
突然ジョセフからアーユーオーライと声が掛かる。
アイムオッケイ、どうも目をつむってしまったみたい!!もう数十年も講義など受けた事がない!!
ものすごく恥ずかしい思いをしたが、ジョセフも気づいて休憩にしてくれた。
これがあと29時間もつづくのかと思うと気が遠くなる思いで第一日目を終えた。

オムニの入学願書を書く

少し話は戻るが、入学申込書を書き込みに行った、やはり英語の説明にイェスとしかいえない私に、かなりのチエック項目がある。
住所、名前、生年月日、まあここまでは良かったが、取りたいライセンスの種類、機種、何がしたい、希望、要望、この学校をどうして知った、誰の紹介か?他のライセンスはあるか?目標はCPL又わPPL・・・・う〜ん解からん。
黙ったまま、書類を見つめる私にやっと助け舟が現れた。
キャプテン、ジョセフである(この人は後で私の学科の先生になる人)ミスターSさんはあまり英語が得意ではなさそうだから、私が替わって訊ねましょうと解かりやすく話してくれてその回答はマネージャーのコウラさんが筆記してくれてた。
そして入学に懸かる費用と学科の受講料、本や書籍レコードブックや、計算尺(こちらではフライトコンピュータと呼ぶ)地図やその他もろもろで、いくらぐらい懸かるという説明があった。
前回も述べたが、まず、健康診断とNBIが通らないとこのコースには進めないので、こちらの学校から検査請求をしてもらう事にした。
検査費とNBIサポウト料、施設使用料、入学金、各種証明書(スチュウデントパーミット、ID)等の発行もろもろで、まず25000ペソのデポジットをしてくださいといわれた(先払い預け金約6万5千円位)なのでATOの結果次第で返還もありうるとの事。
今回無事に突破できた為、その先に進む事ができるが、学科に進む時には、学科受講料として23000ペソ約6万円のデポジットが必要となります。
そのほかの経費としては教科書や、パイロットハンドブック、フライトコンピュウター地図などが学科の始まりに合わせ必要となります。
『私も上記の物しか買いませんでしたが約13000ペソ位別に、支払いましたので今現在費やしたお金は25000ペソ+23000ペソ+13000ペソ=61000ペソ(約180000円位)1月26日現在です』
ともろもろの説明もあわせて詳しく聞いて帰ってきたが、フライトの練習に入ると多額のデポジットが必要になり、セスナ152とセスナ172では利用料金にもかなりの差が出るということも聞いた。
1フライト152は、5000ペソ172ではなんと9000ペソもかかると言うのだ。
約倍の値段がしては172は断念するしかないとも思った。
しかし私の目指すのは最初から172なのでどうしようか、と迷ったが、その場での返事をせずにあとでKさんに聞いてみる事にした。
結果は、だいじようぶまず先に152を取り次に10時間172乗れば受験資格が出来ますのでそうやって取ればよいのです。
そしてリニューワルの時が来たら152を切り捨てて172のみの更新をすればよいと教えられた。
ちなみに152と172の違いは2人乗りか4人乗りかの違いで機種ごとにパイロット免許が分かれています。
日本ではPPLプライベートパイロットの免許は1種類だそうで、その点ではフィリピンは面倒で複雑になっています。
願書を書き終え外に出ると心地よい風がふき、そとでは学生がせっせとセスナを飛ばしている。
よし俺も、この夏までには一人で空を飛んでやろうと、ひそかな闘志を心に刻みオムニ、アベィションを後にした。

BIRに行く
ただの届け出のはずが、どういう理由か訳かわからないほどの混雑に遭遇する。
BIRの入居するビルに到着したのがアフターランチ後の1時半なのに人の輪がぐるっとビルを取り囲みすごい人の列に並ばねばならない。
最初に6階の事務所には簡単に入れたのでこれは簡単と思っていたのだが、記入書類をもらった後が大変。
第一ステップで申し込み用のスタンプをもらうこれが又大変な作業で、毎日何千という人がこの列に並ぶと言う。
海外へ行く人、何かの証明を取る人、就職、就学、等あらゆる証明書を作成するにはまずこのスタンプから始めなければいけないそうでこの人ごみたるや、正月明けの初売りにデパートの福袋を買いに並ぶ人のようだ。
しかし私本人は行ったことがない、テレビで見ただけのことだが、今現実の事としてこの人ごみに並ぶこと、約2時間半やつとの思いでスタンプを手に入れた、が?第二ステップで又驚かされた。
今度は4階に進んだのだけれど、大きな講堂いっぱいに人の列が続く、どの列が第二なのかわからず、側にいる人に聞きながら第二ステップの列に並び、あまりの人の多さで、暑さと息苦しさに頭がボートしてくるし、人の熱気で汗が噴出す。
列に並ぶこと1時間やっと第二案内書でサインをもらう。
今度は第三ステップに進むがこの列が一番長いそれでも2時間くらい並びサインを手に入れたが第4ステップと第5ステップが残っている。
もう閉館の時間が迫り翌日にもう一度という時に助け舟が現れた。
オムニのスタッフRの友達が現れ第4ステップの写真を写すというセクションで前列に案内してくれた、もう少し早く来てほしかったが贅沢くも言えず感謝をし写真機の前に滑り込んだ。
顔写真を撮り終えると今度は指紋をカードに写し込む作業に移り、終業ぎりぎりに列に入り込みやっとの思いで半日でこの行程を終えることが出来た。
外え出ればすぐ日が暮れてきた、大変な一日であつたRも私も、もうくたくた、チャウキングで食事を取りアンギレスに引き返した。
我慢と、辛抱、時間との戦いである、こんな大変な事もしなければならないというパイロットへの登竜門である。


フィリピン航空運輸局の検査(ATO)
朝の6時5分前、眠い目をこすりながら約束のダオのバスターミナル前にあるジョリビーに着いた。
案の定、未だスタッフのRは来ていない、仕方なく朝食とコーラをたのみ彼の到着を待った。
6時15分彼は、もう一人の生徒という若いフィリピン人の男を伴い現れた。
モーニングと言いながら自分の朝食を頼んでいる、これもフィリピン流と諦め付き合うことにしたが到着時間が気になってしょうがない。
マニラまでバスで約2時間半9時にATOに入るはずである。
もう一人の彼は私と同じようなエンビロップを抱えているのできっと彼も始めての挑戦かと思い聞いてみた。
いえこれで4度目です、なかなかOKがもらえずに今日ももう一度検査に行くとの事、これは厳しいに違いないと気を引き締めた。
チェックの厳しい入り口を入るとそこは病院のようだ、白衣を着た人たちが忙しく動き回る。
そうなんですここは、パイロットの検診や適性を検査するATOの病院部門なのです。
まず受付、必要事項を記入することと順番待ち、ひっきりなしにいろんな国の言葉が飛び交い、色いろなカントリーからこのフィリピンにパイロット免許を取りにやってくるとの話を聴いた。
今一番多いのはインド人です、との事で、こんなに多くの人が申し込みや適性検査を受けに来ているのだと始めて知り改めて感心した。
45分位待った後名前を呼ばれ、ECGとX−トレイを提出し色いろな検査をして廻った。
尿検査、歯の検査、血圧、動脈硬化、心臓その他の臓器、そして目の検査へと進む。
視力、色モウ検査いよいよ動態視力の検査か暗い部屋に通され機械を覗き答えを書けと言う紙を渡され緊張したが、聞いていた様な問題ではなく、ただ単に柄の付いた物が右か左かを単純に書くのみ、RーライトLーレフトUーアップDーダウンと見たままを答えるだけで終ってしまった。
私は心配になりこれで終わりですか?と聞いてみたYES,ザッッオール!!の返事
心配するのがバカみたいに全ての検査が終わり、最初の受付ホールに戻ると、ECGのドクターの所に行って下さいと声が掛かる。
心電図はドクターの診断書をつけて提出済みで問題がないといわれていますが?
いやもう一度ドクター検査が必要です、拒否するならOKは出ませんいいですか?
一体どうしたのか問題でも見つかったのだろうか?
恐る恐る言われたドクターの部屋を訪ねると、色いろな質問攻めに有った。
ようは貴方の年でどうしてパイロット免許がいるのか?年が年なので飛行機のストレスに耐えられるかを質問されているのである。
最後にこれはプライベート問診と、診断ですので別料金になりますといわれた。
450ペソを支払いもう一度ドクターに聞いた、ECGは診断書を沿え事前に渡してありますが?それでは駄目でしょうか?
いや悪くは無いですが、年齢が高くなるにつけ疾患のある人がお金で診断書をごまかす事例が増えているので、ここの病院で厳しくチェツクするのです、ですからECGは心電図の表のみ持ち込めばよいのです診断はこちらで行います。
貴方の様に50歳代の人は定期検査で1年ずつの再検診が必要で60歳代は6ヶ月毎の検診が必要ですとの返事であった。
それならそうとオムニの人は前もって生徒に教えてほしい、知らないが故に800ペソも損をしてしまった。
やはり聞く側がもっと注意をしないと、お金がもったいないと感じたが、何せ相手が英語なので聞き漏らすこともずいぶんあるなーと思う。
しかしATOの検査では、事なきを終え一安心と胸を撫で下ろした。
案ずるより生むがやすしの諺どうりということもあるのですね、第一難関突破!!うれしい!!

バリバゴフィールズに異変あり

急な話ですが今ゴーゴーバーが3件も司法当局の嫌がらせで閉まっています。
アメリカホテルに泊まっているお客(韓国人5名)が、女を連れ込んだという疑いで警察に売春及び買春の疑いで逮捕されたとも聞きました。
多分お金を渡しで開放されたとは思いますが、一連の事件の関連には、裏で政治家対経営者の攻防があります。
それは、ここアンギレスのメイヤーからここら辺で営業するゴーゴーバーに多額の賄賂を
(バーファイン1名に付き10%)要求されているらしい。(あくまで聞いた話)
しかたがないと、しぶしぶながらの賛成派と、あくまで反対すると言う、前メイヤー派の
(ブルナイルチェーン)今一番大きいゴーゴバーのお店でホテルや関連企業を持つ外資系のチェーンや、スイスホテルなどを経営する外資系。
いつ警察に踏み込まれるのか?何処の店がターゲットになるか?
マネィジャー、ママとも(入られれば多額のペナルテイか身柄拘束の上休業に追い込まれる)ので店側のダンサーやウエイトレス達、共に疑心暗鬼でひゃひゃもの。
この1週間ぐらい各店舗、みなぎこちない対応を迫られています。
なじみのお客さんには、バーファイインも隠れて(内緒だよと念を押され)女の子との待ち合わせ場所を指定し、お客を先に帰したりして一緒にお店を出ないとか
バーファインのお金をドリンク代に上乗せして伝票を書くとか、各店まちまちの対応だが、初めてのお客にはどの店もバーファインは今わもう出来ないし、やっていませんと言う。
何故なら、政治家達の息がかかった人に、四六時中、見張られているからだ、そうだ!!!
ここアンへレスバリバゴフィールズには、観光らしき風光明媚な場所が無い。
クラークの空港と米軍基地跡の経済特区ぐらいで、観光客の足を向けられる場所が無いにも拘らず、この地を目指す観光客が多いのは、ひとえにこの地のゴーゴバーが目当で、やってくるのです。
本当にそうなのです、私も最初はそうでした!!
なのに、ここバリバゴに落ちるお金を目当てに賄賂を要求する政治家達。
もしこの地にゴーゴバーが無くなれば、外国人の移転、離反や移住、経済全てに地盤沈下を起こし、投資家達にものすごい損失を出すのが解かっているはずなのに?
今や、この闘争はここにいる(観光客、定住組み)全ての外人を巻き込み、毎日噂が飛び交い、一大センセイションが巻き上がっています。
結果わどうなるか?どの様に落ち着くかは、未だわかりませんが、色いろな情報がお客さんからもたらされます。
解かり次第、又、報告のブログアップします。

実際の病院と心電図(ECG)とX−トレイ

まずは病院で心電図のグラフと胸の写真を貰わねばならない、色いろな病院を訪ね、いくらで取れるか?いつ出来るか、のチェックをした。
オムニの学校を訪れ正式に入学をお願いしたのは12月28日ニュウイヤー直前で誰も休みの前に来る人はいない。
そのせいか、事わスムーズに運びマニラのATOに行くにはこれだけの書類が要る事と、パスポート及びエイリアンカードを用意してほしいと言われたので持ち合わせていた査証とカードをその場でコピーしてもらい、必要事項を書いた紙を渡され、必要事項を口頭でもう一度説明されたがうまく聞き取れないので、K氏に頼んで日本語で聞きなおした。
まず先に心電図とX−トレイを取りそれを持って来てチェクをしてもらい、何日にマニラのATOにスタッフに同行してもらい行くかを決めるというものでした。
とにかく先にそれらを手に入れなければいけない、慌てて聞きまわったが正月3日までは休みの病院が多いので、目をつけたのが救急患者を受け入れる私立病院、探せばあるもので近くの救急病院で胸のX線写真と心電図グラフを取ってもらった。
X−トレイは400ペソ心電図は350ペソと高くは無い。
写真は翌日の昼に受け取ることが出来るが、心電図には医者の診断証明が必要と言われ不本意ながら医者の診断書を取る羽目になつた。
翌日病院に行くと昼1時にいるはずの救急医が居ない、もし急病患者が居たらどうするのか病院の体制のいい加減さに怒りを覚えたがそこはフィリピンだからと受け流す。
が!!私はオムニに今日昼の2時までには行くと言ってあるので時間的に気が気ではない。
1時間遅れで2時15分くらいに医者がやって来た。
悪気も無く、やーお待たせ程度の挨拶をして、診断書を書きいくらですか?の問いにこともなげに800ペソと言う。
いくらなんでも高すぎる、フィリピン人は300ペソが相場なのに日本人だと解かると倍以上もふっかける。
時間が無いので仕方なく払い、オムニに急いだ。
到着したが、みんな私が遅いので今帰ろうかとしているところであった。
でも間に合い、写真と心電図を見せ1月7日の月曜日にマニラに行く約束を取り付けた。
後は良く落とされるという目の検査の予行演習、Kさんはここはこうと紙に書いて教え、目の位置はここでこうやって見ていると良いだのこういったテストなのでここを注意するようにと模擬練習を行い来る月曜日に備えた。
こういったアシストはとても大事であると思える。

出会い

年末も押し迫ったクリスマス前にフラッとやって来た30過ぎの青年にお店は如何ですか?と訊ねられた。
前回来た時もここで食べましたが、相変わらず安くてよいですね、一食75ペソで食べられるお店はなかなかありません。
頑張って続けてくださいねと励まされ、ついうれしくなり話し込んでしまった。
しかし、これが事の始まりで、彼(K)さんは、オムニという飛行機学校のインストラクターの免許を持つ日本人であることが解かった。
実は私も、ここバリバゴに来たもう一つの目的は、リタイヤの人でも比較的簡単に飛行機のパイロット免許が取れると言う噂があり
空を飛びたくて飛行学校の門をたたこうという決心をしておりました。
しかし、行ったことは行ったのだが要領が飲み込めず、聞いては見たが、なかなか申し込みの手続きも難しく、英語の説明が良く解からず、二の足三の足を出せず諦めていた所です。
との話をしたら、では私が手伝いましょうか?とのうれしい返事、でも!!入学できたとしてもまだまだ難しい課題があり、自分としては勉強したいのだけれど!私には英語の理解力が無くしゃべれませんし、聞き取ることが出来ませんそれでも勉強が出来ますか?
と自分の疑問と不安をぶつけてみた。
確かに英語の授業を30時間クリヤしなければなりませんが、英語と共に日本語の教材もあります。
ようは飛行機の構造や、バランスの取り方、エンジン、気象データーの読み方、イマジエンシイの時どうするかや、飛行機の飛ばし方が解かれば、英語であろうと日本語であろうと理解することが大切で、英語で覚えなければいけない所は丸暗記で行けば乗り越えられる。
やはり一番難しい所といえば、管制塔とのやり取りで聞き間違えれば命取りになるその辺のヒヤリングが一番重要になるでしょう。
英語も必要な所はワンパターンで、何度も繰り返し、発音と聞き取りの練習をすればそんなに大変ではありません。
実技は体で覚えるしかありませんが、40時間の練習操縦後はたいていの人は出来ると思います。
最初はインストラクターと共に飛ぶので心配はありません。
しかし年齢的にメディカルチエックをパスしなければオムニに入学すら出来ませんよと。
身体的にどこか悪い所は有りますか?自分では特に悪い所は思い当たりませんが、少し太り気味かなと思います。
ではまず心電図(ECG)と胸のレントゲン(X−トレイ)を病院で貰ってください、特に問題が無ければ航空運輸局のATOで総合的な検診と身体チエック及び目の検査をして、パスすればその書類をNBIに提出をして、犯罪歴とかフィリピンで就学することにふさわしい人物かを鑑定してもらい初めて入学許可を貰う事が出来る。
日本から勉強にこられる方は、この後入国管理局で特別就学許可のパーミットを貰わなければいけませんのでより複雑な手続きが必要となりますが、貴方わ既にパーマネントビザですのでその必要はありません。
ATOで良く日本人がパスできない項目で目の遠近感をテストする所があります。
Kさんも何度か落とされた経験を持つ一人で日本人の難関の一つだと言われます。
自分は年齢的には老眼鏡が必要ですが目には自信が有り特に問題は無いと思いますと答えたが、寄る年波には勝てず最近動態視力が
少し衰えたかなと感じている。
しかし、ともかく入学する為にはこの難関を越えねばならない!!
まずもう一度オムニに行き就学の意向を伝えATOで入学する為の検査を実行してもらうようにお願いをしてこなければいけない。
Kさんにその辺をお願いしたが、入学金を先に払わなければそれら全てができないかどうか聞いた?
*内緒の情報
一般的に日本では航空機(パイロット免許)就学者の斡旋に当たりこういった情報が少なく最初から入学金を払わないと全ての手続きが出来ないと言われ高額なお金を振り込まされるケースが少なくないが直接オムニに出向いた場合はまず入学検査代としてオムニから検査料が支払われる為に約25000ペソ(6万5千)のデポジットのみで(設備使用料?入学金共)検査に落ちれば返還と言われた)もし本当ならこれは安い。
入学できるかどうかの検査料と、スチュウデントパーミットの発行料金を含むNBIに係わるサポート料等が全てカバーされている。
大丈夫です全て別々に支払えるようにオムニのマネィジャーと交渉してあげますとの事で、万が一メディカルチェクで落とされても最小限の支払いで終わらせる事が出来る、よしそれなら今後はその特権をフルに活用しましょう!
そこまで聞いたからには後は挑戦のみと腹をくくった。

今日は僕の誕生日
毎年1月14日は私の誕生日ですフィリピンで迎えるのはこれで2回目いろんな事が次々と起き波乱の中にも希望を見つけ今楽しい一時を過ごしています。
未だ誕生日パーティをするほどの余裕は有りませんが来年こそは盛大に祝い事をしょうと考えています。
今年は一つの新しいチャレンジをしょうと決心しました。
昨年の12月の最後の方で新しい出会いがあり、来年の目標が決まり今新たに勉強の機会を得て今年の初め3日に願書を出し
今年の7日月曜日に健康診断を受けパスし、毎日2時間ずつの授業をこなしています。
今回のチャレンジとは、セスナ機 つまりプライベートパイロットの免許に挑戦しています。
小さい頃からの夢で空を飛びたいとの思いは00歳の今になつても消えません。
スキュバーダイビングの免許は取りました、海へもぐり魚と遊び、改めて海は魚の住処だと実感しました。
今度は空です、初フライトはスチュウデントパイロットの免許が発行されてから、初挑戦ですので多分1週間後の
20〜25日の間ぐらいでしょう、今回は、私しの挑戦をノンフィクションで紹介します。
私が取れたならこれを読んでいる貴方にも取れます、私が心配した(英語力の無さや)年齢、それらをどの様に考えどの様に克服したか?
健康診断の心配から、目や感覚テストをどの様に乗り切りOKの手続きに持ち込んだか!
英語の授業をどの様に乗り切っているか?
やつて見れば意外と簡単にクリア出来ることや、テクニックを包み隠すことなくリポートします。
最初は私も出来るかどうか心配ばかりしていました、でも12月の押し迫ったさなか、当店へ一人の青年が現れ話をしているとこの方がなんとオムニ(OMNI)飛行学校のインストラクターそれも日本人!!私にも取れますか?の話しに大丈夫私がサポートします、のうれしい返事。
前回も60歳の日本人の方が試験に受かりましたとの事。
でもそれは英語に精通したかたで、頭が良くエリートな方ではと聞いたら、いいえとんでもないそこら辺にいるオッチャンでバリバゴに遊びで来ていてバーで僕と知り合いになり、話をしているうちにやってみたいとの懇願を受け、やってみたなら案外スムーズに取れてしまいましたとの事。
確かにその方にもお会いしましたが、ごくごく普通の方で女遊びの傍らに取ったと軽く冗談を飛ばされました。
これならいけるとひそかにほくそ笑み、よしやるかと!!この話に乗ることにしました。
始めてオムニの学校に行き、セスナ152の機体の横で写真を取り操縦席に乗り込んでこれで空を飛ぶのか!!とすごく感動しました。
写真もアップしたいのですが如何したら良いか解かりません。
最初からの第1回の話のアップは書き上がっていますがプライベートパイロットの免許がきてからにしますのでもう少し待ってください。
最初から面白いエピソードがたくさんあります。



飛び込んできた青年
今日もお客様にたくさんご来店していただき忙しく仕事をこなしている最中、一人の日本人の青年が顔をだし、すみませんと言うとキッチンに飛び込んで来た。
何に事が、起こったのかわからず、私はフライパンの手を止め応対に出た、何か苦情でも言われるのかな?と思い、つい、すみませんスタッフに粗相がありましたか?どうかしましたか?と聞いてみた。
いえ違います、実は、と言う話が始まったが、まだオーダーがこなしきれて居ないので一段楽するまで少し待って、と言ってテイブルに座らせ仕事に戻った。
そしてウエイトレスに仕事の最中は、お客様には、どうしてもの用事がなければ、まってもらうようにしなさいと注意をし、オーダーを終え一段落したのでウエイトレスにどうしてキッチンにまで連れてきたか?を尋ねた。
飛び込んできた青年は、スタッフに私は、ここのマスターを良く知っていて友人であると告げ、急用があり今ここにマスターはいるか?
と聞き、話がしたいと言ったらしく、多分ウェイトレスはイマジェンシー(緊急)の用事と思いキッチンにまで案内したと言うのである。
ともあれ、オダーを終わらせ、その席に着いて話を聴いてみた。
彼の言うことには、となりのイカルス(ゴーゴバー)で6日間の約束でバーファインをして女の子を連れ出したのだが、三日目に怒って帰ってしまったと言うのである。
私は、前後の事情が解からないので、いつ何処でどうしたか?何故喧嘩になったのか?その原因やら、どうしたいのかを尋ねた。
彼の言うことでは、ボラカイに6日間の予定で遊びで連れて行き、どうも3日目にホテルで金銭のことでトラぶり、帰る帰らないで喧嘩になり、女はそのままホテルから姿を消したというのだ。
今日このバリバゴに帰ってきたので、文句(コンプレイン)を言う為、如何すれば良いかを訊ねに来たらしい。
なぜなら、隣同士で商売をしているので、気心も通じており、話しやすいのではないか?との思いがあったのだろう。
確かに今、となり(イカルス)のマネィジャーらしきマレイシヤ人がお客さんと食事をしに来ている。
では早速と言うことで、私のつたない英語で事情を説明して、では、どのように解決をする!ということになり、直接女の子のマネージャーであるママさんと話してくれと言われた。
早速彼は、直接ママと話すため、当店に来ていたマネージャと一緒に、イカルスに行き交渉をします、ありがとうと言い残し出て行ったが、隣のマネージャーだけが戻り、食事を済ませて帰った後も、まだ戻らないので私も心配になり、となりの店に見に行った。
店内では、永遠と交渉が続いていたが拉致が開かない。
彼の主張は6日の約束で3日で帰ってしまった事の責任をどうする、3日分のバーファイン料金を返せと言うものであった。
金が返せないなら、今日から3日間、女をホテルに連れて帰ると言うのだが、女は拒絶した。
この人はいやな客だ、悪い男だと背中を向けこちらを見向きもしない。
いらだつ彼は、では、ツ-リストポリスに行き店を訴えると言うのだが、そんなことをしても無駄だと思う私は、彼の手を引き店に戻り何か良い案はないかと店に来ていた、ベテランのAさんに相談した。
Aさんは青年を呼び前に座らせ諦めた方がよいと説得を始めた、内容は元々この商売は違法であるので、ここの警察と店は強いコネクションがあり、取り合ってはくれない、金を取り返すどころか、因縁をつけられむしろ警官に賄賂を要求されるだけでどうしょうも無い!!と説明する。
今後バーファインなどは、6日間分も先に払わないことが良いことだと話し、店には1日だけの支払いをし、後は女と交渉をして直接金を渡す方法が一番良いと話されていた。
私はなるほどナーと聞いていたが、彼は納得が行かずもう一度と言い、イカルスに交渉に行った。
しかし結果は、やはり堂々巡りで暗礁に乗り上げた為、青年は1時間後に、うなだれて戻ってきた。
確かに交渉相手は、したたかで簡単には金は出さないし、日本人は英語がうまくないと高をくくっている。
帰った女本人が店にいて、3日で帰った事を認めており、バーファインを6日分払ったことも店が認めているとしたら、どうにかできないだろうかと考えている其の時、丁度良いタイミングで英語のうまいKさんが入って来た、ことの次第を話し、英語で交渉をお願いしたら快く引き受けてくれた。
彼も時々英語の出来ない日本人がバカにされ、煮え湯を飲まされている光景に出あってはいるが、あまり係わりあいたくないので黙ってはいるが、今回マスターの頼みでは断れないと、この青年と再度交渉に行ってくれた。
Kさんの英語は本当にうまい、1時間後2人は彼女の交通費を引かれたぐらいで3日分のバーファイン料金を取り返してきた。
時間がかかったが、相手をあまり追い込まない形で交渉を成し遂げ、お金を取り返したという。
あまり追い込んで、きつい交渉をすると仕返しが怖いし、後で何されるかわからないから交通費とチップを置いてきたと笑っていた。
さすがに交渉力がある。
青年の表情にも少し緩みが見えて良かった、きっと金銭的にも無理をしてここにきているのだろう、今後は気をつけて遊びましょう。
フィリピン人のポン引きや警察に行かず、当店へ飛び込んできたのが不幸中の幸いで良かったが、知人友人でなくとも同胞には、出来るだけの事はするつもりなので、忙しい時にウソや無理を言わず、手の空くまで待って相談してください。
いつも解決に至るとは限りませんが、料金はかかりません。

白人達のリレイションシップに学ぶ。

それに比べると白人系はスマートに遊ぶ。
言葉の問題もあるが、いい年をしたおじいさんが若い女の子とじつに楽しくリレイションシップを楽しんでいる。
まず取り組み方が違うのです。
何処にそんな違いが有るのか少し調べてみた、まずお金の使い方が違うし、割り切り方もずいぶん違う。
彼らは、女の子のステップアツプに力をかしているという認識で、セックスはそのお駄賃みたいなもので、共に住み生活を共同にし、洗濯から食事に至るまで男が受け持つ、女の扱いに慣れているといったほうが正しいかもしれない。
女の学費や、親や兄弟の面倒を、お金で援助し、彼女に恋人や結婚対象が現れた時は素直に引き下がる(建て前だけ)というのである。
金はかかるが、じつに巧みな作戦を立てて良い女をゲットしている、フィリピン人より上手で、フィリピーナのほとんどが騙される。
その裏の思いを解説すると、どんな若い女も毎年歳をとる4〜5年共に住めば20才の女も25になりアクシデントで子供でも出来てしまえば他の男は見向きもしないし、仲良く行ければそれでも良いと考える。
女の良いときだけ共に住むことができれば後はどうでも良い、金の切れ目が縁の切れ目と援助を打ち切り、他の女えと移っていくのが最初からの作戦、自分からは、女には気持ちを入れないのが鉄則であると教えてくれた。
子供はどうするのと聞けば、援助するさ養育費を、と平然としている、ここら辺の割り切り方が我らと違う。
我ら日本人は一度決めたら片目をつぶり共に白髪の生えるまでと少なくとも長い付き合いを想定するが、彼らわ違う。
ある意味で自分中心のエゴイズム、しかし彼らには彼らの論法があり、所詮相容れない民族であり、南洋の土人と一緒には生涯暮せないと。
心、お金、体セックス、思い、じつに巧みに使い分け、人生を楽しむ。
ちょっと体を重ねただけの、女の言葉を信じ込む、我ら日本人とは大違いのライフスタイルを確立している。
ある日本人から聞いた話だが、日本人は子はかすがいと言うが、フィリピン人の女にとって子供はステップアップの道具又は手段だと言われたと、逃げられた元女房にいわれた、との事を、先日聞いたことを思い出した。
日本人の年よりは、ゴミ以下だとも言われたと、こともなげに言われるが心中は察しがたいほどの屈辱に耐えられたのだろうと思う。
日本的な考え方わここフィリピンでは通用しない(男は仕事で金もって返ればそれで良い)後は嫁はんの仕事で家に帰れば何もしないで良いなどと、とんでもない誤解をし、金さえ持っていれば女は付いてくるなんてここでは通用しない。
ここフィリピンでは嫁はんは何もしない、男は朝ごはんを作り仕事に行って金を稼ぎ、夜帰り食事のしたく子供の面倒を見るのが普通で家に居て何もしない男はゴミ以下だと思われる。
男が家で洗濯(女房のパンティまで洗う)し食事を作る、伝統的に、そんな生活に日本人が耐えられるわけが無い。
レデーファストの国で鍛えられた白人系の方が上手にこの国で世渡りをする。
女が前を歩き、女を立てるという体系がやはり似ており彼らのほうが一枚も二枚も上で上手にこの国の考え方にフィットしている。
しかし白人であってもそこはうまく立ち回り、女を立て、食事作りや洗濯などしたくないのでメイドを雇い、おいしい部分だけで付き合う。
援助の部分は、最初からバジエット(予算)を決めいくらなら出すが後は出来ないと女をくどく前に提示する。
そこは金の無い国で今日のご飯にも困る生活をしていればどんな良い女も飛びついてくる。
後は特別支出に備え予備費を最初から考えてある(クリスマス、誕生日など等)もう本当に計画的に考えて遊びは遊びと割り切る。
ここまでの考えがあってこそ遊びが遊びとして完了する、如何ですか少しは彼らに学ぼうとすることができますか?


勘違いと誤解
遅ればせながら
新年明けましておめでとうございます。
今年も良い年でありますように、お互いに頑張りましょう。
書き溜めている原稿もなかなかアップできないほど、たくさんのお客様にご来店いただき、ありがとうございました。
クリスマスが終わった頃から徐々に日本人の来店客が増え、1月の5日の土曜日まではお店も大変忙しく充分な、もてなしも出来ずに終わってしまいました、来年はスタッフも充実させて事に供えたいと考えております。
お店も、これで成功とは行かないまでもそこそこになり、レストラン立ち上げ編はここらでストップしますが又、新たに今年から始めるチャレンジを紹介しょうと思っています。
まずは昨年書き上げた原稿からアップします。
********そんなバリバゴの人間模様に何か違和感を抱いて何か違うナーと感じる。の続きからです。
勘違いと誤解
ゴゴバーに勤めるゴゴガールの立場から考えて御覧なさい、いい年をした、おじさん連中が毎日モノほしそうな顔おしてバーに群がる。
彼女達としては、自分の持っている物としては若い体のみ、初めて来た客にでも一夜体を預けるのである。
恐怖心の塊のような物で、恐る恐る笑顔お振りまきドリンクをねだるのがやっとなのに、店の方針によリ客に売られてしまう。
いや、積極的に自分を売り込む女も、いるには居るが心中はドキドキであろう。
バーファインをされれば金にはなるが、危険がいっぱい、たまにでは有るが時には、殺される事件も後を絶たない。
どんな相手かもわからず恐怖心でいっぱい、なるべく自分を傷付けられないよう精一杯の微笑と優しさで自分をカバーする。
それを自分に好意を持っているなどとすぐ勘違いする中高年の日本人。
女性側から見れば、どんなに優しそうな顔をしていても中身はわからない、暴力的な男も中には居る、優しさと気ずかいは自分の防御であり、どんな男でも、男は1度抜いてしまえばおとなしくなるのを経験的に知っているのであろう。
だから積極的にセックスは、求められれば応じるし、どの女性もそれなりに尽くしてくれる。
セックスにより、いかに男から金を出させるかが、彼女達のテクニカルの部分である。
この男は私を気に入っているか?、チップをたくさん出す男か?、ケチな男か?もっとお金を引っぱり出せる男か?
ベットの中でそんなことを考えている。
金払いが悪くこれ以上金を出さないと思えば見切りが早い、如何にうまく早く帰るかを考る。
なかなかそのチャンスを見出せない時でも、笑顔はたやさず、いやとも言わず側にいて、帰っても良いとの言葉を待っている。
それが自分を守るすべだから、そんな彼女の姿に、何か、はにかみや、帰るのがいやそうだなどと勝手に妄想を抱く人もいる。
文化が違えば考え方も違う、そんな異文化の違いもわからず、おじさんたちはせっせと店を廻り女の子を探す。
*忠告です* 若い女の子はおじさんは好きではない、好きなのは、おじさんの持っているお金が好きなんです。