日々の心模様
移りゆく心の模様を書き留めるぺえじ。 人の心は混じり合って複雑に。 ――いつかあなたも交わるでしょう――
私の飛行日誌 3)
今日の飛行訓練はさんざんだった!
なれない機長に、早口の英語,2回目と言えど、上がってしまってうまく返事が出来ない。
滑走の練習も無いまま、即ランデングエリヤに入りそのままテイクオフ。
寿命が3年ちじまった。
もう少しで失速して遭えなく草むらに突っ込む所であった。
プタ、ゲナ、モ、バカかお前は、と罵声が飛ぶ、テイクオフの時、飛び上がるとは思わず、パワーアップをしなければならない時にスロットルを引きパワーダウンさせてしまったのだ。
インストラクターの機転により、何とか救われたが、もう心臓がなりっぱなし。
その失敗のせいか、次の訓練が,パニック状態,レフトターンも,ライトターンも,水平飛行も,もう完全に上の空。
操縦桿を握るのさえ怖い。
本当にこんな事ってあるんだと(頭が真っ白な状態で、何も考えられない、やる事がわからない)初めてこの年になって経験した。
憧れの世界は、恐怖と裏腹にあることを学んだ。
話では聞かされていた雲の中に入ってしまい右も左も解からず、パニックに陥り恐怖の時間を過ごしただとか!
エンジンが止まってパニクッタ(頭が真っ白になったとか)体験談もさることながら
今回、自分が体験してしまった!!
離陸6時45分、着陸8時25分、無我夢中で、飛んで過ぎた1時間30分であった。
着陸後、我に帰った私は、丁重にお詫びをキャプテンに伝え、オフィイスに引き返した。
キャプテンの、今日、私とのフライト日誌には、何と書かれているのだろう?
きつと、馬鹿な日本人が、とんでもない事をして、事故を起こしそうになった。
とでも書かれていることだろう!!
やはり言葉の解かる同じ日本人のインストラクターに同乗して欲しいと思う気持ちが強くなった。
早くKさんの免許が書き換えられて来ないかと期待しています。


私の飛行日誌 2)
本日、曇り時々少量のにわか雨という気象条件の中、3時にインストラクターのKさんと待ち合わせをしてオムニに向かう。
バイクにまたがり意気揚々と出かけた、しかし今日もキャンセルの公算が出てきた。
雲が多く、少量ではあるが、にわか雨も降り出す始末、多分大丈夫のだろうと、Kさんが言う。
4時のフライトが天候の為少し遅れると言う、でも!!フライトプランは、書き上げて、キャプテンの登場を待った。
またそこで、オムニのマネージャのコウラさんがやって来て、ミスターSさん今日は、ジョセフさんが都合により来られません。
ですので、新しいキャプテンを紹介します!、今日のフライトは、キャプテン ボッドが、担当します。
エー!!そんな話は聞いて無いよー!!チョッとびっくりしたがそれも仕方ないと諦め、フライトコンディションの回復を待った。
4時30分やっとOKが出た。
早速飛行機の点検に取り掛かり、チェックが終わるのをまってキャプテンが早速の乗り込む。
エンジン始動、発進用の点検をし、ランデングサークルまでのヨチヨチ歩き、スロットル全開のテストが続く。
いよいよ滑走路に入る。
プロペラが2500以上の高速回転となる!真直ぐ直線コ−スに進入、操縦桿をグーイと引く、ふわっと機体が中に浮く。
と、、飛んだ!!どんな感じか!何かゴムボートに乗ったときのような感じに襲われる。
いや水の上じゃない空気の海に乗った感触だ!!ずーッと飛行機は上昇をつづける!!雲とセスナのノーズしか見えない。
でも今飛んでいる、という感触だけはお尻の下に感じる。
2500フィート、水平飛行に入る、やっと前が見えてきた、地平線に鼻先を向けウイングレベルとインストラクターの指示が飛ぶ。
肩に力が入りすぎ、操縦桿を握る左手腕が痛い、右旋回、左旋回、スロットルの回転数を上げて操縦桿を引け!と声が飛ぶ。
飛行機が傾く度にひゃ汗が出る。
リラックス、リラックスキャプテンの声も、今わむなしく響く、周位の景色を楽しむ余裕など今は少しも無い。
目に入るのは、前に山がある、下は田んぼが広がっている!てなもんである。
1500フィートまで降りろとの指示で、操縦桿を押す、もっとスローに!!キャプテンの声がする!!
何か、真っ逆さまに落ちていくみたいな気がした、はーあ〜とため息が洩れる。
アーユウ−ナーバス、ユーOK ドントウォ−リ!!心配ない、大丈夫と声を掛けてくれるが、生きた心地もしない。
さーあ帰りましょう!もう一度高度を1500まで落とし、高速道路が見えてきたらそれに沿って飛んでください。
左手にオレンジの屋根が見えてきたら、左旋回オムニの滑走路が見えますか?イエース キャプテン!!
では、フラップを降ろし、エンジン回転を1700まで落としたら、フラップをもう一段落とし着陸体制に入ます。
機体はゆっくりと速度を落としフワーッと風に乗った、良く覚えていない!!
どーんと鈍い音がして、機体は地上に降りた。
軽くブレーキを3回エンジン回転を落とし駐機場所に戻る。
最後の点検確認を行いエンジンを切った。
深いため息をして、地上に戻れた事を喜んだ、初めてのフライトであった!!。


私の飛行日誌 1)
3月14日私の初フライトの日がやって来た。
朝4時におきて、準備を始めた、いつもの手順で顔を洗い、歯を磨き、服を着て、あらかじめ外に止めてある車に乗り込む。
未だ外は暗い、前もって頼んでおいたインストラクターのKさんを迎えにホテルまでいった。
約束の5分前に彼は現れ、車に乗り込む、車はオムニに向かい、まだ暗い道を走り出す。
でも案の定、オムニのオフィイスに電気は、ついていない。
(フライトの生徒があるのにちょっといい加減)
メカニックの人に声を掛け、オフィスの鍵を開けてもらい中に入るが、クラーク飛行場の無線タワーの信号は未だ夜間用の白と青の点滅で、全ての飛行機の発進が出来ない状態であった。
しかし空は白々と朝焼けになりつつある。
そんな中、整備士により、セスナの始発点検のエンジン音が響きだす。
さあいよいよだと気持ちを引き締め、フライトスケジュールを書き始める。
そんな準備をしていると、本日の私のインストラクター、キャプテンジョセフが顔を出した、グットモーニングハウ アー ユウ ディス モーニングと、私のことを気づかってくれる。
大丈夫快調ですと返すと、では飛行機の点検を、してくださいと指示された。
さあ飛行前の点検に取り掛かり、ハンドルロックをはずし、各計器類、翼の動く部分のねじの点検、胴体の点検、尾翼の点検、ガソリンタンク、燃料の量、オイル、プロペラ、タイヤ、等々の点検が完了し操縦席に乗り込む。
ヘッドセットをセットし、シィートベルトを閉め、ドアロック、キーを差込む、プロペラエリヤに人がいない事を確認しエンジン始動、プロペラが廻りだした。
手で、アクセルを調整しながら、セスナを地上で走行させる。
これが又難しい、初めての挑戦の為、真直ぐ進まない、垂直尾翼だけのペダル操作で、真直ぐ進ませる事など初めてでペンギンのよちよち歩きみたいに、セスナの頭が振れる、草むらに突っ込みそうになるが、ジョセフが修正してくれる。
やっとの思いで、テイクオフのランデングサークルまで、たどり着いたが、無線の調子が悪い。
何度呼びかけてもタワーが応答しない、メカニックを呼び修理させるが一向に回復の見込みが無い。
マイクを取替え再び挑戦したが接触不良が直らない。
何度もトライを繰りかえしたあとに、キャプテンジョセフが言う、ミスターSさん ソリー、安全の為、今日のフライトは、キャンセルしましよう。
遭えなく本日の飛行は、ラジオコミニケイション不良により17日の午後4時のフライトに持ち越さた。
朝から気合の入ったスタートだったが、あーあ、骨折り損の、くたびれもうけになりました。!!
期待が大きいだけに、がっかりも大きい、初フライトのりポートは次回に!!乞うご期待!!

いよいよ待ちに待った初フライト。

明日は5時に、起き、初めてのフライトにチャレンジする、私の人生の中での快挙であります。
幼い頃から夢にまで見た、大空に飛び立つなんて、前代未聞の出来事です。
少し興奮していて、なかなか眠れない!!
年は取ったが、気持ち的には、青春真っ只中そんな雰囲気が、戻ってきた。
本日、明日飛び立つ、について色いろな、諸注意を口頭で説明された。
むやみに左右に大きく操縦かんを動かさない!とか、ライトターン、レフトターンの時、機体がすべるので操縦かんをひきながら旋回しないと、失速する事もあるので、インストラクターの指示に従いむやみに動揺して押したり引いたりして、動かさないようにとか。
飛行前の点検についてや、改めてもう一度、計器類の見かたなどを確認した。
フラップを下げた飛行(燃料セーブ)の仕方などについての講習を受けた。
初めてのフライトで気分が悪くなり、機内に、もどしてしまった、生徒もいた、とも聞かされた。
私は、どうなるだろう?少し期待と不安が入り混じっている。
さあーあした天気になぁーれ。
人間の価値って何だろう?
世の中がグロウバルになればなるほど人の価値が決まってゆく、ハワイに住み日本で仕事をこなし、飛行機で各国をめぐる豪傑もいれば、日本でせっせと働いてお金をためて日頃のストレスを此処フィリピンで癒す人、此処で年金暮らしを楽しむ人いろんな価値観が交差する町バリバゴ、フィイルズ、いろいろなお客さんが訪れ、いろんな出会いが、(ここの店にいるとある感謝。)
しかし皆んな、(老いも若きも)いったい何を求めているのだろう?
私は思う、皆、優しさに飢えているように思われて仕方がない(私観です)。
金持ちも、権力者も、どんな人も、やがて平等に年を取り、死ぬ。
それは、仕方のないことだが、誰もが死ぬ時は優しい愛に包まれ、愛する人の見守る中で死にたいとそう思う。
そこには、お金や、打算は存在しない。
その人が、残した人生や(生き方)足跡があるだけで(肉親)妻や子供(ファミリー)。
ただ子供も作らず、女を抱いただけでは、(性欲又肉欲)得る事が出来ないものや、その人のことを心から思う親族は存在しない。
ただ単に面倒を見たから、とか、お金をあげたとかでは、それは表向きの優しさをもらっただけに過ぎない。
子供は作ったが置き去りにした人や、(ジヤピーノ問題)女を騙して遊び道具のおもちゃにしている人達には、真の、I LOVE YOU は存在しないアイ ラヴ ユア マネーである。
(旅行者が、一夜の女を金で買うのは、民間ドネイションと言い、これは別扱い、それなりにこの国に貢献している)しそれお生業としている人が、沢山いるからである。
狐と狸の化かしあい、どっちも、どっちで、おあいこゲーム!!問題にしている事ではない!!
何故なら、男も真に責任をとろうとしないラブゲームをしているに過ぎないからである。
女遊びが出来なくなったら、此処フィリピンは卒業します、と、ある初老のお客さんが話された内容の印象が強い。
しかし、此処フィリピンにやってくる層は、何処となく階層が低いと思わないか?とか質問されたり。
改めて、何故フィリピンなのか? ここは女が安い、気候が穏やか(暖かい)以外何も良い事はない。
海は、生活排水で汚れ、ただの水も無ければ、ただの空気は、少しくさい、太陽は紫外線が強すぎるので健康に悪い。
なのに、何を求めて此処にやってくるのだろう? 
本当の金持ちは、やってこないよ、こんな所には、とか
やはり此処の女は、遊びが良い、真に良い女はいない、とか、やはり相当痛い目に合い沢山の授業料を納め、させられたのだろうか?
どこか、遠くを見っめるような視線と、横顔が憂いを含んでどこか、寂しそうである。
そういえば新聞で、64歳のフィリピンでの孤独死、というタイトルで記事が出ていた。
此処にくれば、若い女と楽しい老後が出来ると、夢見る輩が多いが、決してそのように甘いものではない。
喩え、若くていい女が手に入ろうとも、そんなことでは満足は出来ない、そんなものである。
すぐの他の若い女に目が移る。
女の側から見れば、金の切れ目が、縁の切れ目と、クールでドライな処世術が有るだけで、真実の愛などは、皆無と思ってよいだろう。
金のあるうちは天国だが、金がなくなれば地獄をみる破目になる。
此処で、第二の人生をスタートするについては、男を賭け、残りの人生を賭け、自分の思いを賭けて、悪戦苦闘するのである。
そんな、生き様には、敬意を払いたいと思う、真に、人の価値とは、その人の生き様であると思う。
アメリカで生きようが、ブラジルであろうが、日本で生きようが、フィリピンであろうが、その人の持つ真の生き様がその人の、真の幸福度を表すのであろう。
USドルが安い、円が高い、危険通貨のペソが高いだの、そんな事(経済の論理)には左右されないグロウバルな人間の視点で今、精一杯頑張っていると、胸を脹れる人生にしたいものだ。